【BL】wish

『雅さんがお見えです』

3時間前に受信していた短い琴乃からのメールに気づき、俺はサークル仲間と飲んでいた居酒屋を飛び出した。

こんな時に限ってどうして携帯チェックしなかったんだろう。

暗い夜道を走りながら自分を呪った。

けれど雅も雅だ。来るならメールのひとつくらい入れておいてくれれば。

・・・いや、やりとりは最小限に抑えたかったのかもしれない。

まるで死刑台に向かう囚人の気分だ。

家の前に着き、息を整えてからドアを開けた。

玄関には見慣れた家族の靴とくたびれた大きなスニーカーがあり、その隣に見慣れないローファーが一足ある。他にも誰か来ているのか。

「お帰りなさいませ。雅さん、お部屋にお通ししてしまいましたが・・・」

「あぁいいよ、いつもそうしてもらってるし」

居間には琴乃一人だけだった。台所に直行し冷蔵庫からミネラルウォーター2本を取り、迷った挙句戸棚にある妹の菓子を拝借すると、俺は足早に2階の部屋へと向かった。

部屋からはかすかにテレビの音が漏れている。

この扉の向こうに雅がいる・・・

そう思うとノブを掴む手が止まる。一呼吸置いてからノブを回し、扉を開けた。

雅は寝ていた。

床に座り、ベッドに頭をもたれ大きな体を投げ出し無防備に口を開けて寝息を立てている。

「・・・」

そのあまりの緊張感のない姿に思わず拍子抜けしてしまうが。

俺の帰りが遅すぎたせいで、疲れてしまったのかもしれない。学生の俺に比べ、社会人の雅の方が

ずっと精神的にも体力的にも消耗しているだろうから。

俺はとりあえずタバコ臭い上着を脱ぎ、ハンガーにかけリセッシュを吹いた。それを適当なところにかけ、雅から少し離れて座った。

水を飲みながら雅をまじまじと眺めてみる。

隆々とした逞しい体つきに似合わず顔はあどけないままで、大口を開け眠る姿は本当に間抜けなくらい無防備だ。

人の部屋でそんな姿を晒していて、女だったら襲われても文句は言えないだろう。

それとも自分は男だから大丈夫とでも思っているんだろうか。そんなはずはない、俺の告白を聞いたあとの反応が何よりの証拠だ。

さっきより頭が少しベッドからずり落ち、寝顔は俺の方を向いていた。

見つめていると愛おしさがこみ上げてくる。

・・・どうせこの顔を見られるのも最後かもしれないし、キスのひとつくらいしても許されるかな。

そんな思いが頭を過ぎる。

「ふぁっ!?」

ついにガクンと頭がベッドから落ち、間抜けな声を上げて雅が目を覚ました。

「・・・?お、楓帰ってたのか、わりー寝ちまったみたいだわ」

「いいよ、俺もさっき帰ったばっかりだし。俺のほうこそ遅くなってごめん」

「いやいや、いきなり来たの俺だし?あやまんなよ。つか口ん中めっちゃ乾いてんだけど。なんか飲むもんくんない?」

「水でよければ」

数ヶ月ぶりの会話はどことなくぎこちなかった。まぁ仕方ない。

「ふはーーー」

渡した水を半分くらい一気に飲むと、雅はようやく覚醒したようだった。が、再びベッドに頭を沈め、黙りこくってしまった。

・・・気まずい沈黙が流れる。

会話の糸口を探すが、思いつく話題はひとつしかない。

「・・・で?」

「は?」

「何か用があって来たんだろ?」

思い切って切り出してみる。

「用ねぇ、んー、別に用って程のもんじゃ・・・」

バツが悪そうに言葉を濁して雅は天井を見上げた。

十中八九、雅が来た理由は想像がつく。言おうとしている事は即ち俺への死刑宣告。だからこそ俺は早く聞きたい。雅の手で、止めをさして欲しい。

「いいから言えよ。覚悟は出来てるから」

「な・・・何だよ。何の話だよ」

そう言ってあくまでも白を切る。もしかして雅は、なかった事にしたいんだろうか?

ふとそう期待してしまうが、多分違うだろう。長い空白期間の末に出た答えがそれなら、口ごもることもないはずだ。

「俺は・・・はっきり言って欲しい」

俺がそう言うと、雅は物言いたげに俺を見やった。

俺は目を閉じ、次の言葉を待つ。

「・・・俺も、お前の事、好きかもしれない」

違和感を覚え俺は伏せていた顔を上げた。雅と視線がかち合った。

「・・・え?」

やっと声が出る。雅の言葉の意味が分からなかった。俺の想像していたものとは180度違うものだったから。

けれど雅はやっぱり俺を傷つけまいとしているのだろう、そう思った。

「いや・・・無理しなくていいよ」

俺がそう言うと雅は反動をつけて体を起こし、ボトルの水をがぶがぶと呷った。片手で口を拭い、

「無理してない。考えて考えて、やっと出た答えだよ」

そう言うその目は、まっすぐに俺を捉えていた。

雅が俺を好き・・・?

その言葉が嬉しくて嬉しくて、でもどうしていいかわからなくなる。

わからない、雅は俺の事を軽蔑しているとばかり思っていたのだから。

あの日、酒の勢いにまかせた俺の告白を雅は笑って受け流していた。その日は微妙な気まずさを残して終わったが、あとで来た一通のメール。

『さっきの話、冗談だよな?』

本気だ、と伝えるとメールは途切れ、そのまた数日後、彼女が出来たというメールが来た。

それが雅の答えだと受け取った俺は、雅との関係が終わった事を悟り、祝福の言葉を返したのだった。

「一応・・・聞くけど。あの日の返事って事で受け取っていいの?」

「うん」

その返事に俺はますます混乱した。

「けど雅、彼女できたって・・・」

「あー、3日で振られた」

「え」

「とりあえずで付き合ってみたけどさー、まぁホステスだけあって色々とめんどくさくて。んでしまいにはつまんないって捨てられたわ。坊や、他に好きな人いるんでしょ?とか言われたし」

雅はそう言って軽く笑った。

「・・・そっか」

「・・・おい。反応薄くね?なんか言ってるこっちがすげー恥ずかしいんだけど」

「ごめん・・・だって雅、引いてただろ。だからまさかそんな事言われると思ってなくて。てっきり・・・気持ち悪いから金輪際近づくなとか言いに来たんだとばっかり思ってた」

それを聞いた雅は噴出し、ゲラゲラと笑い出した。

「ないない。ありえねぇから。お前思いつめすぎ・・・ってまぁ俺のせいだよな」

ふっと笑顔が消える。

「実はさー、お前の気持ち、ほんとは知ってた。」

俺は驚いた。家族にはいつの間にか知られていたが、外では、ことに雅だけには絶対に悟られないように努めてきたのに。

「いつから・・・?」

「んー、もしかしてホモ?って思い始めたのは中学んときくらいかな?お前モテるのに高校でも誰とも付き合ってなかったし」

別にホモじゃない、という俺の言葉をさらりとかわし、雅は続けた。

「お前あんまり他人に興味ない感じじゃん?けど俺にだけは違ってたし・・・まさかなぁとは思ってたけど、気づかないフリしてた。だからさ、はっきりお前から言われてちょっとショックだったよ」

「ごめん。やっぱり言うんじゃなかった。・・・本当は言うつもりなかったんだ。けどバレバレだったんだな」

「物心ついた頃からの付き合いだしなー。けどさ、ショックってのは嫌だったって意味じゃねぇぞ」

「・・・?」

じゃあどういう意味なんだ?と視線で問いかけると、雅は恥ずかしそうに目を反らし、少し考え込んでから言った。

「お前の事、ずっと親友だと思ってたし、これからもそうだと思ってた。けど・・・その関係を越えるって事じゃん?俺はそこに踏み切れるのかって」

「俺のこと軽蔑しなかったの?」

「まぁ正直しかけたわな。けどお前と縁切るとかは考えたくなかった。だからどうしたらそうしなくて済むかって考えてて・・・よくわからん女とも付き合ってみたけど、やっぱり頭ん中はお前のことばっかでさ。それで気づいたんだよ。これもう好きなんじゃね?と」

「・・・」

「だからさぁ・・・もうちょい反応しろよ。嬉しくねぇの?俺ら両想いだぜ?」

呆れたように言う雅の顔は心なしか赤く見える。

「嬉しいよ。泣きそうなぐらい嬉しい。けどやっぱり俺、雅に無理させてない?」

ほんとかよ、と呟いてから雅は答えた。

「だから無理してねぇって。・・・まぁ、好きかもしれないだけど」

「それで十分だよ。雅・・・ありがとう」

嬉しかった。想いが伝わった事より、雅が何よりも俺との絆を一番に考えてくれていた事が。

俺もそうしてきたつもりだった。雅の為を思い、別れる事も覚悟していた。・・・けれどそれは本当は雅の為じゃなく、自分の為だったのだ。そうやって諦めてしまう方が、楽だったからだ。

それから眠くなるまでしばらく話し、空が白み始める頃にようやくベッドに入った。

2人で同じベッドで寝るなんていつ振りだろう。

「一応言っとくけど、変な事すんなよ?」

そういう雅がまるで女のようで、思わず笑ってしまった。

「わかってるって。したらどうなるか想像できないほど馬鹿じゃないよ」

セミダブルとはいえ、大の男2人が並んで寝るには窮屈で、自然と体が密着してしまう。

至福のひと時だったが、今まで抑えてきた反動だろうか、すぐに本能が疼きだす。

「狭いな」

雅が呟く。

「うん。やっぱり俺下で寝ようか」

「いい」

「けど・・・俺の理性がいつまで持つかわからないよ」

「おま・・・。抑えろよ」

「出来る自信がない」

そこまで言えば雅は俺を蹴落とすかしてくれると思ったが、その口から出た言葉はまたしても予想外のものだった。

「キス・・・までなら許してやる」

え?と思った瞬間、体に重いものがのしかかってきた。

「動くなよ」

腹の上に乗り、両腕をがっちり押さえつけられる。

俺よりも体格がよく、力もある雅にそうされては、言われなくても身動きなどできない。まぁ元々抵抗する気もないが。

ゆっくりと雅の顔が近づいてきたのを認めると、俺は目を閉じた。やがて、唇に柔らかく暖かいものが押し当てられる。一瞬ぎゅっと強く押し付けられたかと思うと、すぐにそれは離れて行ってしまった。

「・・・」

俺を見下ろす雅と目が合う。その目は何か迷っているように見えた。瞬間、再び雅が唇を押し付けてきた。今度は深く、むさぼるように俺の口内に侵入してくる。

夢のようだ。俺は今、雅とキスしている。

「・・・っ、みや、び・・・」

「ん?」

「手・・・放して」

俺が懇願すると雅はあっさりと応じてくれた。俺は解放された両腕で雅の頭を抱き寄せ、思い切りその唇を貪った。

「んっ、おいっ、楓・・・」

雅は初めこそ驚いたようだったが、すぐに負けじと野獣のように俺の唇に噛み付いてきた。あくまでも主導権を握っていたいのだろう。それが雅らしくて、ますますこの獣が愛おしく思えてきた。

「やべー、超朝」

横に寝ている雅が呟く。

カーテンの隙間から、強い朝日が差し込んでいる。キスに夢中になっているうちに、すっかり日が昇ってしまったようだ。

「だな」

「さすがにちょい眠い」

「少し寝る?」

そう問いかけてはみたものの、返事を聞くまでもなく雅は今にも眠りに落ちそうだった。

「おやすみ。愛してるよ」

耳元でそっと囁くと、雅は弾かれたように目を見開いてしまった。少し申し訳なく思う。

「おまっ、やめれ」

更に指を絡めると雅はやんわりと拒絶してきた。あれだけキスしておいて・・・と思うが、その口ぶりから、単に照れているだけだと理解する。

「起きた時・・・夢だったら怖いから」

すると雅は軽く噴出し、俺の鼻をつまんでぐりぐりと引っ張った。

「いつつっ」

「ばーか。早く寝ろ」

そう言って笑う。繋いだ手はさりげなくそのままで。俺は雅のそういうところがたまらなく好きだ。

「うん。おやすみ」

俺は今度こそ目を閉じた。



【終】

あとがき→

こういう片方の愛が偏りすぎてこじれてる系(?)のBLは大好物。
雅くんは元々テンガという名前でしたが
某カップと同じなので改名しましたw(つけた当初は存在を知らなかった)

そして楓の一人称「俺」になってますが「僕」です。めんどいのでそのままだけどwww

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