昼休みが終わってからというもの、ずっと俺は上の空だった。
間垣に「なんかあった?」と何度か問われたりしたが、何があったかなんて言えるわけがない。色んなことが一気にありすぎて、自分でもまだ理解しきれていないのだから。
屋上で、不思議な場所の幻覚を見た。そこには「あの子」がいて、俺を呼んでいた・・・。
それだけならまだよかった。
気づいた時俺は、片桐をこの手で抱き締めていた。
思い返してみれば意味不明なことばかりで、考えれば考えるほど何が現実で何が幻だったのかすら曖昧になってくる。
いっそのこと全て幻だったらいいのに。だが、この腕に残る感触だけはやけにリアルで、俺の頭の中は混乱と後悔の念がぐちゃぐちゃに混ざり合っていた。
無意識だったとはいえ、男を抱くなんてどうかしている。いや実際、あの時の俺はどうかしていたけど・・・
片桐のその時の不可解な言動や、辛そうな顔も気になるが、あれに比べたらそんなのはどうでもいい。
本当に、何で俺はあんなことをしてしまったんだろう。
片桐は何も言わなかった。教室に戻ってからも何事もなかったようにごく自然に俺に接して来たが、間垣が俺の様子の事を聞いても曖昧に濁すだけで、あの事には一切触れようとしない。
もしかしたら片桐も忘れようとしてるのかもしれない。
でも、俺と片桐が共有する記憶は確かな事実で、どんなに無かったことにしようとしても消えるものじゃない。向こうはどうか知らないけど、俺にとってはそうだ。
もしこれからも片桐とつるむことになったとしても、何もなかったフリをして付き合うなんてできそうにない。あいつを見るたびに思い出してしまうだろう、あの感触を、あの表情を。
だからといって俺が避けたらどうなる?
この狭い教室には逃げ場なんてない。席は隣だし、嫌でも片桐とは毎日顔を合わせなきゃならないのに余計気まずいだけだ。
サボり続けるにしても限界があるし、屋上には色んな意味で行きたくない。
それに間垣は変に鋭いところがあるから片桐を問い詰めるかも知れない。そしたら何も悪くないあいつが迷惑被ることになる。
というかそもそも俺はあいつを避けられる立場じゃない。
一応謝ればいいんだろうか。謝ったところで気まずさは消えないかもしれないが。
・・・・・・
机に伏せたまま、気づけば片桐のことばかり考えていた。
不思議だ。これじゃまるで俺は片桐との関係を修復したいみたいじゃないか。
自分に原因があるっている罪悪感がそうさせているのかもしれないが、
よく考えればあいつとは昨日会ったばかりだし、あの事をなしにすれば友達と呼べる程の交流をしたわけでもない。
そんな奴に執着する必要はどこにもないのに。
一人ぐるぐると懊悩していたら、いつの間にか放課後になってしまっていたらしい。
キーンコーンカーンコーン・・・
帰りのHR終了を告げるチャイムが鳴り、放課後に突入したクラスメイト達の立てる雑音でやっと一日が終わったことに気づいた。
「片桐くんっ」
甲高い声と共に、いきなりセーラー服の紺襟が視界に飛び込んできた。名前に反応してか、一瞬体がビクっとなる。
声の源は俺の視界を左から右にすり抜けて行った。
宮脇由乃(みやわきよしの)、中学の時から美少女とかで何かと有名な女子だ。
あまり関心はなかったが、近くで見ると確かに可愛いかもしれない。肩までの茶髪に小柄な体、つぶらな目。口は顔の割には大きくて、見た目も性格も元気そのもの。
「ふー、いっつも皆に囲まれてるから、なかなか話しかけられなかったよぉ。私、宮脇由乃、よろしくね! あ、私野球部のマネージャーになったんだけど、片桐君もよかったら入らない?」
話しかけるや否や、宮脇は次々と自分のことを話し始めた。ぱきぱきとテンポよく喋る所はどっかの誰かに似ている。若干マシンガントーク気味だが、雰囲気が明るいせいかあまり嫌な感じはしなかった。
だが、片桐の表情は見るからに強ばっている。返事もなんだかぎこちない。
宮脇が言うように今日はいろんな人間が片桐に絡みに来ていたが、その時はいつも通りの笑顔で普通に喋っていたのに。
宮脇のテンションに圧倒されているのかとも思ったが、押されているというよりは完全に引いてしまっているような感じだ。
何となく気になって、俺は少しだけ様子を伺ってみることにする。
宮脇のキンキン声が頭に響いて、何だかイライラしてきた。
「でね、・・・」
「・・・・・・」
すごく落ち着かない。
直接見なくても、息遣いや言葉のたどたどしさから片桐が動揺しているのが手に取るようにわかってしまう。
聞いているのが辛くなってきた。
「片桐くん?どうかしたの?」
宮脇もさすがに変に思ったらしい。
「うっ、うん、何でもない」
そう言ってみせる声はやっぱり震えていて、どう見ても平気には思えない。
「そう?具合でも悪いのかなって思っちゃった」
「あはは・・・だ、大丈夫」
片桐の動揺がまるで俺にまで伝染してるみたいに、心拍数が無駄に上がってきた。
やっぱり盗み聞きなんてするもんじゃない。ああ・・・こんなことしてないでさっさと帰ればよかった。
昼間の弁解はまだ出来てないけど、・・・って。
あれ、いい事思いついたかもしれない。
しばらくすると、女がさらに2人やって来た。
神田桃子と白槻祐美。だいたい二人セットでいる奴ら。どうやらこいつらも片桐狙いみたいだ。
「ひっ」
上ずった声が微かに、でも確実に聞こえた。
・・・やっぱり、片桐は確実に女達に拒否反応を起こしてる。
だが当の女達の耳には届かなかったらしく、黄色い声を上げてキャーキャー騒いでいた。
片桐本格的にピンチじゃねーか?
・・・そして、俺にはチャンス到来?
さっき思いついたいい事っていうのは、ここで俺が片桐を助けて、昼間の粗相をチャラにするっていう単純なものだ。余りにも単純すぎてうまい事いくかどうかはわからない。何せ一瞬の思いつきってやつだからな・・・。
・・・いや、待てよ。
この状況、別にいじめられてるわけじゃなく、片桐だけがなぜかびびっているだけだ。俺は完全に部外者なわけで、そんな俺がいきなりあの輪に入っていっていいのか?女達からしたらただの邪魔者だし、片桐だってああ見えて別に嫌な訳じゃないのかもしれない。
助けなきゃっていうのは俺の勝手な思い込みだったりするかも・・・
「わぁ、片桐くん肌すべすべー!まさか化粧とかしてないよね?」
「ちょっと桃子やめなよ、困ってるじゃん」
「困ってないよ、照れてるんだよね?ほんと可愛いー!キャハハハ」
あれこれ迷っているうちに、いつの間にか隣は片桐いじり会に発展していた。片桐は女達に髪やら顔やら触られて、ますます挙動不審になっている。白槻はその異変に気づいているらしいが、強引な相方は全く聞く耳を持とうとしない。宮脇もなんだかんだで便乗して一緒に笑っている。
・・・迷ってる場合じゃない!とりあえずこの場からあいつを離さないと・・・!
覚悟を決めると同時に、体が勝手に動いていた。
ガタンッ!
勢い余って椅子が後ろの机に激突する。 だがその音は二つ綺麗に重なって聞こえた。
・・・ん?
隣を見ると片桐も立ち上がっていた。
・・・あれっ?な、何で?
目が合うと一瞬片桐もそんな顔をしたが、
「ごめん、る、流紗くんと帰る約束してるんだ、じゃっ」
逃げるように身を翻すと、片桐は立ち尽くす俺に飛び掛ってきた。
「ぅわっ?!」
見事に出鼻をくじかれて放心していた俺によけられる筈もなく、モロに横からタックルを食らう。
衝撃でバランスは大きく崩れ、その瞬間ものすごい力で腕を掴まれて、また別の方向に体が傾く。
「へっ?ちょ、」
何がなんだかわからなくて思わず情けない声が上がるが、片桐はお構いなしに俺を引っ張ったまま全速力で駆け出した。
「お、おいっ?!」
抵抗する暇も余裕もなく、俺はされるがままにするしかなかった。まるでひったくられたカバンみたいに・・・。
「はぁ、はぁ」
片桐が飛び込んだのは、教室から少し離れたところにある部屋だった。机は隅に押しやられ、中はがらんとしている。空き教室なんだろう。
片桐は俺を解放すると、そのまま倒れるように地べたに座り込んだ。
・・・廊下を全力疾走させられて息は苦しいし、引っ張られてた腕も痛い。俺も少し離れた床に腰を下ろした。
「・・・ごめんね。いきなり連れ出しちゃって」
「・・・や、別にいいけど・・・」
埃臭い教室内には、俺達の荒い呼吸音だけが響いている。
それにしてもまさかこんなことになるなんてな・・・。
追い詰められた人間の行動力は計り知れない。片桐があの時どれだけの極限状態に置かれてたのかが改めて分かったような気がする。
俺、結局何もしてないけど、一応役には立てた・・・よな?
この程度じゃ全然俺の株なんて上がってないだろうけど、とりあえず難は逃れたならよしとするか・・・。
安心したら張り詰めていた気が緩んできた。
少し調子づいた俺は片桐の息が収まるのを少し待ってから、思っていたことを口にしてみた。
「・・・っていうか、俺もやばそうだと思ってたし」
はっとしたように片桐が顔を上げた。もうさっきみたいに強張ってはいない。
「・・・え、気づいてたの?」
「見てりゃわかるって」
「・・・それで、ずっといてくれたんだ?・・・優しいんだね。流紗くん」
俺を捕らえる黒い瞳は心なしか潤んでいる。
火がついたみたいに頬がぼっと熱くなった。
ちょ、ちょっと待て。今俺なんかすごい事言わなかったか?ずっと片桐の事見てましたみたいな・・・。って確かにその通りなんだけど。
・・・でもこの流れ、弁解のチャンス・・・かも?
「べっ、別にそんなんじゃねーよっ。っつーか俺お前に・・・」
「ありがとう」
謝んなくちゃいけないって言おうとしたのに、満面の笑みで感謝の言葉を投げかけられた。
熱は顔全体に広がり、耳までジンジン熱い。俺は恥ずかしくなって反射的に顔を逸らしてしまった。
・・・また言えなかった。
そこで会話は途切れ、教室内は再び静まり返った。
グラウンドでは運動部が練習しているようで、活気にあふれた声が絶えず窓の外から聞こえてくる。だがここはまるで時間が止まっているみたいだ。
片桐の言葉を思い返し、心の中で何度も溜息をついた。
違うのに。
俺は優しくなんかない。感謝される筋合いもない。あの場にいたのも、うだうだ悩んでるうちにあいつがやばい事になって、帰るに帰れなくなったってだけだし。むしろ俺はそれを自分の汚名返上に利用しようとしてた。
ある意味俺の策は期せずして成功したようなものだけど、俺ばかり得をしたような気がして何だか納得行かない。
やっぱりちゃんと弁解したい。ものすごく今更感はあるけど、それが筋ってもんだ。
そわそわしながら目線を上げてみると、俺をここに連れてきた本人は、蹲ったまま何か物思いにふけっていた。
(おーい)
目線で訴えかけてみたが、反応はない。
・・・それにしても、何だか随分幸せそうな表情だ。
「・・・お前、何一人でにやけてんの?」
思わず問いかけると、片桐ははっとして顔を上げた。
「あ、に、にやけてた?僕」
「うん・・・。」
慌てて両手で頬を擦っている。どこか常人とは違う雰囲気のこいつにしては、すごく普通の反応だった。
仕草ひとつでこんなにも幼く見えるものなんだろうか。
「あは、ちょっとね、色々思い出しちゃって・・・」
はにかみながら喋るとやっぱり子供みたいで、釣られてこっちまで顔が緩みそうになる。だがそこは必死で堪え、ポーカーフェイスを装って言った。
「あのさぁ・・・。昼間は、ごめん」
「え?」
「その、屋上でさ。俺、セクハラ・・・しただろ」
黒い瞳を瞬かせると、片桐はそれきり黙り込んでしまった。
やっぱり、平気そうに見えて嫌だったんだな。まぁ当然か・・・。
何か反応して欲しいところだけど、やっとちゃんと言えた。不謹慎だけど、罪悪感よりも達成感のほうが大きくて思わず安堵の溜息が漏れた。
「相手が不快に思わなければ、それはセクハラしたとは言わないよ?」
沈黙を破ったのは、耳を疑いたくなるような言葉だった。
さっきまでの子供みたいな笑顔はどこかに隠し、片桐は不敵な笑みをたたえてこちらを見ていた。
ななな何なんだこいつ!!
じりじりと近づいてくるから、俺は本能的な恐怖を感じて片桐から距離を取った。
やっぱり触れない方がよかったのか?俺の選択は間違ってたのか?ただのやぶ蛇だったのかっ!?
「そんなに怖がらなくてもいいのに・・・」
うろたえまくる俺の様子を見ると急にしゅんとした顔になって、片桐は少し離れて隣に腰を下ろした。
「お、お前が変な事言うからじゃん」
「変な事?」
「ふ、不快に思わないとか、意味わかんねぇし。大体あーゆーのは女とするもんだろ」
「そうだね・・・。でも、女の子苦手だから無理だよ」
俺はさっきの片桐の様子を思い出し、余計な事を言っちまったと思った。
「そんなに・・・なのか?その、アレルギーっていうか・・・」
「うん・・・駄目なんだよね。何でかわからないけど」
女性恐怖症って奴なんだろうけど、はっきり言っていいのかどうかわからなくて曖昧な言い方しか出来なかった。突っ込んでいいかどうかも分からなかったが、多分これ以上詮索はしないほうがいいだろう。
「そっか・・・ごめん」
「ううん、謝る必要ないよ。だからあの時流紗くんがいてくれて、ほんとに心強かった」
胸にじんと暖かいものが灯った気がした。誰かに感謝されるって、こんなに気分が良いものだったっけ。
「いや・・・でも俺、何もしてねーし」
片桐は何も言わず、ただ俺に柔らかい微笑みを向けるだけだった。
心がほわほわして、でもどこかむず痒い。こんな気持ちはずっと忘れてたような気がする。
「この話したの、流紗くんが初めてだよ」
そして片桐はふと真顔になり、
「ね、流紗くんは、付き合ってる人いるの?」
突拍子もない質問に俺は激しく狼狽した。
「なっ、何だよいきなりっ」
「どう?いるの?」
「いねぇよ」
「へぇー。意外だなぁ。そんなにかっこいいのに」
誰かと付き合ったことなんて一度もない。今は女はおろかほとんど近づいてくるく人間もいないし。
それでも昔は何度か告白されたりもしたが、なんとなく全部断ってきた。
別に彼女が欲しいなんて思わないし、好きじゃない相手と付き合うなんて想像できない。
記憶の中の恋人を想い続ける、ただそれだけでよかった。
「じゃ、好きな人は?」
一瞬、片桐に心を見透かされてるような気がして焦る。
好きな人・・・か。
俺は確かに今でもあの子が好きで、不思議とその気持ちは時が経つにつれて膨らんでいくばかりだ。
でも俺は彼女に何も望まない。望みようがない。
彼女と過ごした短い時間の中で、俺が覚えている事はあまりにも少なすぎる。
せめて名前だけでも覚えていればよかったのに・・・忘れてしまうなんて、薄情にも程がある。
今の俺にできる事は、彼女の記憶がこれ以上薄れないように想い続ける事だけ。
「・・・いるんだ?」
沈黙を肯定の意味と受け止めたのか、片桐は目を輝かせて俺を見上げてきた。
「・・・さぁ、な。つーか、お前に言ったってしょうがねーよ。」
「・・・・・・。それもそう・・・だよね。」
俺は曖昧に浮かんだ彼女の幻を胸にしまい込んだ。こんな恋愛話としては最高につまらない話、片桐じゃなくたって言えない。
「僕にも、好きな人がいるんだけどね。その人とはずっと長い間会えなくて・・・」
しばらく沈黙していた片桐が、抑揚のない声でそう呟いた。
「え、」
ちょっと待てよ。いきなり恋愛相談?そんなの経験ゼロの俺に聞くなよ・・・ってこいつ知らねぇか。
「そーゆーのは俺じゃなくて間垣に・・・や、あいつも微妙だけど・・・」
「流紗くんに聞いて欲しい」
真剣な瞳に迫られて、俺は何も言えなくなった。
片桐の話によると、想い人というのは、幼馴染のことらしい。
だが、話の内容は正直ほとんど聞いていなかった。いつの間にか、並んで座っている俺たちの体はやけに密着していて、それが気になってしょうがなかったから。
近くで見る片桐は本当に色白で、睫毛が長くて、伏せた目が妙に色っぽくて・・・。
相手は男で、しかも俺に真剣に相談してるっていうのに変な気分になりそうだ。自分の心臓の鼓動が聞こえていそうで心配になる。
「聞いてる?」
「っ!え、ああ・・・」
急に問いかけられた俺はどきりとして、無意識に体を離そうとしたが、その反動で片桐の手に触れてしまった。
「わ!ご、ごめ・・・」
急いで引っ込めるが、手が離れない。
俺の左手は片桐にしっかりと握られていた。
「何してんだよっ、離せって」
少しだけ広くなった互いの距離がまた詰められ、握った手に指を絡められる。細くて滑らかな指が指の間に滑り込む感触に、全身に鳥肌が立った。
嫌なはずなのに・・・手を振り解く事ができない。むしろ解いてはいけない気すらする。
俺一体どうしちまったんだろう。
「・・・?」
何かが唇に触れた。温かくて柔らかくて、意識がどこかに飛んでしまいそうなくらい気持ちいい。
「っ!うわあああああああああああ!!!!」
自分が何をされてるのか気づいた瞬間、俺は目の前の男を思い切り突き飛ばしていた。
嘘だろ、俺、片桐とキス・・・した!?
「いったー・・・、ひどいなぁ、ノリノリだったくせに」
吹っ飛んだはずみで頭を机の足にぶつけたらしい。だかその後の聞き捨てならない台詞に、俺の体温は一気に上昇した。
「な、何すんだよこの変態っ!!!」
「これでおあいこ、でしょ」
「はぁっ!?」
「昼のあれ」
何故か片桐は微妙に拗ねていて、しれっとした態度に無性に腹が立ってきた。そりゃ突き飛ばしたのは悪いけど、キレたいのはこっちだっつの!!!
「んだよ!まだ根に持ってんのかよ!?それで仕返しって訳か!?」
「違うよ。流紗くんがしたそうだったからしただけ」
したそうだった・・・だと?!
確かに片桐に見惚れてたのは認めるけど、キスしたいなんて断じて思ってない!
「誰がッ!!つーか元はといえばお前が・・・」
「ごめん。そうだね。僕のせいだね」
「・・・え?」
「ちょっとヤケになってたみたい。ほんとにごめんなさい。」
「・・・・・・」
向こうから仕掛けてきたくせに、こっちが乗ったらあっさり不戦敗宣告。・・・何だよこの後味の悪さ。
てかヤケって何だ。それで俺にキスしたって言うのか?まじで理解不能だ。しかも俺にとっちゃファーストキス・・・!
男とキスなんて、ありえないのに。何でもっと抵抗できなかったんだろう。それどころか俺は完全に受け入れてて、それを片桐も分かってる。
「・・・っ!ヤケなんかですんなっ!バカヤロー」
今更恥ずかしさがこみ上げてきて、俺は負け惜しみと言わんばかりに片桐に暴言を浴びせた。
それでも反応されないのって妙に寂しい。
何でいきなりそんなにしょんぼりなっちゃうんだよ!
被害者はこっちなのに、なんか俺が悪い事したみたいな感じになってるのが納得いかなかった。
・・・こいつと二人きりになると、ろくな事がない。
「よしっ!」
な、何だ!?
微妙な沈黙を突然破ったのは、妙に気合の入った片桐の声だった。
「帰ろっか」
「・・・・・・」
そう言って俺に笑いかける片桐は何事もなかったようにけろっとした顔をしている。
何もかもが唐突すぎて開いた口が塞がらなかった。
ところでテンションの浮き沈み激しすぎじゃねぇか?
「かえっ・・・勝手に帰れよ!」
「やだよ。カバン教室だし、一人じゃ取りに行けないし。一緒に行こうよ」
「一人で行けないって何でだよ?」
「さっきの子達がまだいるかも」
「いねーよ!!あれからどんだけ時間経ったと思ってんだ」
「わかんないよ。女の子って何時間でも喋り続けていられるし」
「・・・わかったよ。俺取ってくるから、その代わりお前一人で帰れよ」
「やだ!もう決めたから」
「はっ?」
「流紗くんと友達になるって決めたんだ。だから一緒に帰る」
「うぇっ、何で!?」
「大丈夫、今日みたいなことはもう絶対しないって約束する。・・・普通に友達になってくれるだけでいいからさ。」
何でいきなりこんな流れになるんだ・・・!?もう展開が意味不明すぎて、ついていけない。
こんな俺とわざわざ友達になりたがるなんて、やっぱりこいつも間垣みたいな変な奴だ。いや普通じゃないのはひしひしと感じるけども・・・
俺が固まっていると、片桐の表情がみるみる曇っていった。
「・・・僕と友達になるの、そんなに嫌かな・・・」
「いいいや!?イヤじゃない!別にイヤじゃねぇけど!・・・でも変なことしたら即絶交だからな?!」
正直不信感しかなかったが、そんな顔をされるととてもじゃないが断る事なんてできなかった。焦りから妙にテンパった返事をしてしまう。
すると片桐は安心したように微笑んで、
「よかった・・・じゃあ、改めまして、よろしくね。流紗くん」
そう言って左手を差し出してきた。
「お、おう・・・」
釣られるようにして俺も左手を伸ばす。
再び握った片桐の手は、とても小さくて、柔らかかった。