純情岩男

(よぉおっし!念願かなって葵ちゃんと同じクラス!・・・絶っっ対、仲良くなったる!!)

俺、岩本力は、教室の中心で愛を叫んだ。
彼女との出会いは、去年の初夏にあった林間学校だった。各クラスからそれぞれ2人ずつで計10人を一つの班とするという班分けで、偶然同じ組み合わせになったのだった。
最初見たときから、なんか惹かれるものはあった。色白で、細くて、ちょっと儚げで。でも話すと控えめながらもすごくしっかりしている。おまけに優しくて、料理もうまい。どうも俺は女子からひどい扱いを受けがちなのだが、彼女だけはいつも優しかった。
そんなこんなで、合宿が終わる頃には、俺はすっかり彼女に惚れてしまっていた。
・・・けれど、この学校には、カップルは同じクラスになれないというジンクスがある。いやもうジンクスですらなく、すでに検証済みの確定事項だとか。聞くところによると、片思いでも駄目とかなんとか。
だから俺は、合宿後あえて彼女との接触はせず、じっと耐えてきたのだ。全てはこの時のため、彼女と同じクラスになるために!!

「おっすガンリキ。・・・どしたん?」
一人の男子が話しかけてきた。学校一のフェロモン拡散兵器、蛯原隼。通称エビ。
「エビ!来たよ俺の時代が・・・!!葵ちゃんと同じクラスだよぉ・・・!」
「んぁ?・・・あぁ、林間で仲良くなったとか言ってた子?え、お前まさかマジだったのかよ」
エビはちょっと驚いたような顔をした。
「マジだよ!!なのにみんなしてスルーしやがって!」
そう。例のジンクスがあるとはいえ、一応仲のいい奴らには話していたんだ。けれど。奴ら誰一人として本気で取り合わなかった!!
まぁ、面白い話にしか興味のない奴らだから、本気で相談に乗ってくれるとか期待してたわけじゃないけれど。
でも、あの時の悔しさを思い出すと、今でも俺は拳がプルプルしてくる。
「悪ぃ。けどコメントし辛かったっていうか・・・あんま目立つ感じの子じゃねぇしな。・・・まぁ頑張れよ、応援してやっから」
エビはパチリとウインクした。男相手でも自然にやってしまうこいつが恐ろしい。

と、その時。
「おーい、ガンリキ始まったってマジか?」「龍門ってどの子?」
聞き覚えのある声が飛び込んできた。見るとどこから嗅ぎ付けたのか、野郎2人が戸口から顔を出してキョロキョロと目を泳がせている。
「なっ、おめーら何しに来た!?てか聞こえるだろバカヤロ!」
俺は慌てて野郎2人を引っつかみ、廊下に連れ出した。彼女が教室にいなかったことが救いだった。

新学期の廊下は、相変わらずダベる生徒で溢れていた。
何日か前まではほとんど女子に占領されていたのだが、今はそれも落ち着いてきたらしい。
とりあえず俺は、つまみ出した2人、志田と枝藤に事情を説明してやった。彼女との出会いから始まり、色々と涙ぐましい努力を重ねようやく同じクラスになるまでを、それはそれは丁寧に語って聞かせた。
だが。
「ふーん。で?」
開口一番、お調子者の志田は天パをもてあそびつつそう言い放った。
志田慶多、見た目はイケメン喋ると残念なムードメーカーだ。
そしてその隣にいる枝藤も、大して興味なさそうに携帯をいじっている。
枝藤菖一、良く言えばビジュアル系、悪く言えば厨二病。

「で?じゃねーよ!!やっぱりおめーらに言うんじゃなかったよ!誰も本気で俺のこと応援してくれねーもんなぁあ」
俺は壁に手をついて嘆いた。想像通りではあるけれど、やっぱりこいつらに真面目な話なんてしちゃいけなかったんだ。

「おっすー。何してんの?」
どぎつい香水の匂いとともに、女が話しかけてきた。これは間違いなく奴だ。

「・・・くせぇよ!話しかけんなよ美貴!!」
つい口をついて出たが、それは大いなる間違いだった。次の瞬間俺はケツに強烈な蹴りをくらい、壁とキスしていた。
平野美貴様。小学生からの腐れ縁です。
なんか知らないけど、やけに暴力をふるわれます。DVです。男には人気あるらしいけど、こいつの本性を知ったらみんな尻尾を巻いて逃げていくでしょう。

「ガンリキがさー、恋しちゃったらしいんだよ」
あっさりとバラしたのはエビ。なんでこいつらはどいつもこいつも軽いんだよ。
「へぇ?誰に?」
「龍門葵だって。」
「呼び捨てにすんな!」
志田にキレてやった。美貴はしばらく首をひねっていたが。
「・・・?あー、あの子ね。あのメガネの子とよく一緒にいる。・・・ふーん、あんたああいう子が好みなんだ」
(まぁ、凶暴なあなたとは正反対の天使みたいな子ですよ)
俺は心の中で呟いた。口に出したら蹴りじゃ済まされない。
すると突然、枝藤がとんでもない事を言い出した。
「あの子、この前鴨川と2人で帰ってるの見たぜ」
俺は耳を疑った。枝藤は普段あまり喋らないが、たまに口を開くと爆弾が飛び出す。他の奴と違って軽くはないのだが、こいつは存在自体が爆弾なところがある。
「な!?それマジか?・・・鴨川ってあの転校生だよな?」
「そっそ、あのクールビューティーちゃん。俺あっちのがいいなぁー。なんちてー」
鴨川円、先週転校してきたばかりの超絶美少年。来て早々全女子生徒のハートを鷲づかみにし、それはそれは盛大なハーレムを作り上げた伝説の男だ。
一時はエビの立場をも脅かすかとも言われたが、聞くところによると絶望的に無感情らしく、ろくに会話が成立しなければ愛想笑いの一つもないらしい。そんなこんなで徐々に女子の騒ぎも収まりつつあるのだが・・・。
なんでそんな鉄仮面野郎と葵ちゃんが一緒に!?
「バッカじゃないの、男だよ。つーかあいつ超無愛想だし。」
「冗談だって。でもさー顔はめっちゃ美人だよなー。女装させたらヤバそー」
ちなみに美貴と志田は、鴨川と同じ2組だ。ふざけている志田をよそ目に、俺は一人絶望に打ちひしがれていた。
「い、いつの間に・・・俺だってまだちょこっとしか話したことないのに・・・」
最低でも一日一回は葵ちゃんと話せるように、俺は毎日地道な努力を重ねている。まずはお友達にならねば。でも現状はまだ“お友達?”レベルだ。
それなのに、クラスも違う鴨川のどこに葵ちゃんと急接近できるチャンスがあったというんだ!?
まさかまさか、鴨川の奴、女に興味ないフリして実は葵ちゃんを狙ってたとか?鉄仮面かぶっといて本性はエビみたいなナンパ野郎だったとか!?
「ん?どした?」
俺の心情を読み取ったかのように、ナンパ野郎が声をかけてきた。
「まさかもう付き合ってる、とかないよな・・・」
ありえないとは思いながらも、どこかでそんな不安が頭をもたげ始めている。すると志田がブハハと笑い出した。
「ガンリキお前!ネガティブすぎ!!一緒に帰ってるだけで付き合ってるとか!!!」
志田はケタケタと笑い転げている。こいつ、めちゃくちゃ他人事だと思ってる。
そんな志田をよそに、エビは冷静に分析を始めた。
「俺もないと思う。鴨川ってあんだけ女子にチヤホヤされてたのにまったく興味なさげだったろ?そんな男がろくに接点もない葵ちゃんといきなり付き合うとか、ありえねぇよ。一緒にいたのはなんかの偶然。」
「そ、そかな・・・?」
「そーだよ。見た感じ葵ちゃんも相当ウブだぜ?例えば鴨川が実はナンパ男で、いきなり付き合おう!とか言って来たとしても、断るタイプだなあれは」
さすがエビ、経験豊富だけあって妙な説得力がある。そうだ、他のがダメでもこいつだけは恋愛相談には適任だった。
「よ、よっしゃ!!やったる!!!」
俺は自らに活を入れるべく叫んだ。
「・・・ガンリキがこんなになるなんて、珍し」
美貴がポツリと言った。確かに、俺がここまで恋に燃えているのは初めてかもしれない。
こう言っちゃなんだが、考えてみれば、今までの恋は受身ばかりだった。
誤解のないように言っておくが、誰でもOKしてきたわけじゃない。そういうのは大概仲のいい女友達だったから、その都度付き合ってきたけれど、どれも長続きしなかった。
しかも「やっぱあんたを男として見れない」とフラれたり、他に男を作られたりと散々な結果に終わるのだ。
でも大して引きずらなかったというか、今も普通に連絡取り合ったりしていたりする。それは俺がどこか本気じゃなかったからなんだろうなぁと、今になってわかった気がする。
「・・・まぁ、この通り本気みたいだし、応援してやろーぜ」
エビが言うと、一同は生返事を返した。

「ぬぉ!!?」
教室に戻った俺とエビの前に、なかなか衝撃的な風景が飛び込んできた。
葵ちゃんの席で、葵ちゃんと法蓮院がなにやら楽しそうに話しているのだ。
何度か話してるのは見かけたことがあるけれど、なんだろう、この雰囲気は。
「なんか仲よさそうだな」
エビまでそう言いやがる。俺は悪いとは思いつつも、二人の会話に聞き耳を立ててみた。

「では後ほど中庭で」
「わかりました」
そこで会話は終わり、法蓮院は去っていった。
「・・・なななんか中庭行くとか言ってる!2人で!?いつの間にそんな仲に!?」
中庭なんて人気のないところで2人っきりになるなんて、怪しすぎる。またまた悪い予感が俺の中で膨らんでいく。
「落ち着けよ。花壇の手入れとかじゃねぇの?葵ちゃん美化委員だし・・・つかお前もどっか誘ったらよくね?」
「え?」
エビがとんでもない事を言い出した。誘うってなんだ。
「一緒に飯食うとかなんかしろよ。さっさとアピールしなきゃ友達止まりだぜ」
「エエッ!」
「いってら!!」
エビは怯む俺にかまわず、何を思ったか葵ちゃんの席に向けて俺を突き飛ばした!
「おぁっ!!っとと」
座っている葵ちゃんの後ろから激突しそうになった。何とかそれだけは回避したが、勢いあまって隣の机に突っ込み、
「がっ!!」
衝突の拍子にデコを机の角で強打した。席に人がいなくて良かった。
「ってぇ~~!!脳細胞100億個死んだ・・・」
痛みを堪えつつ後ろにいるエビを睨み付けると、エビは口パクで(さ・そ・え!さ・そ・え!!)とのたまっていた。
(誘えってなんだよ!全然考えてねーよ!つか今ので頭真っ白なったよ!!)
俺も口パクで応戦する。
「あの・・・だ、大丈夫ですか?」
すると、横から控えめな声が飛んできた。この声は!
「あ!」
葵ちゃんが心配そうな顔で俺を見下ろしていた。
「だ、大丈夫!全っ然大した事ないし」
俺はあわてて立ち上がったが、葵ちゃんの表情は曇ったままだ。
「あの、保健室に行ったほうがいいです。ちょっと血も滲んでますし、何かあったら大変です」
「エッ!」
なんと。そのまま葵ちゃんは有無を言わせぬ勢いで俺を連れ出したのだ。出掛けにエビがにっかりと笑っているのが見えた。

幸いにもケガは大したことなく、軽い処置のみで授業に戻れることになった。
既に授業は始まってる時間だ。廊下はシーンとしていて、俺たちの足音だけが響いている。

(うへぇー?棚ぼたラッキーってやつ!?)
俺はデコに手を当てつつ、緩む頬を軽く叩いた。けれどどうやってもすぐに顔は崩れてしまう。まさかまさかの葵ちゃんと2人っきりだから。
「よかったですね、軽いケガですんで」
葵ちゃんはほっとした様子で話しかけてきた。俺はあわてて表情を引き締める。が、ちょっと間に合わなかったかもしれない。
「う、うん!あ・・・なんかごめんね?巻き込んじゃって。授業までサボらせちゃったし・・・」
「気にしないで下さい」
葵ちゃんの微笑みは天使そのものだ。思わず鼻の下がデローンと伸びそうになる。
「ほんと、あお・・・いや龍門さんて優しいよね。林間のときも俺がコケてジャージに開けた穴縫ってくれたよね」
「私、いつも道具は持ってるんです。お裁縫好きですから」
「そうなのっ!?んじゃもう毎日スライディング登校でもしちゃおかな!!あぁそうこの袖んとこボタン取れそうなんだよね・・・ってなんかごめん」
ヤバイ。つい癖で調子に乗っちまった。けれど葵ちゃんはふふっとお上品に笑ってくれた。
「いいですよ、後で縫います。・・・岩本さんっておもしろいですね」
俺の心臓はドキーンと飛び出そうになった。お、面白い!?褒められた!?
「そ、そっかな!?よくバカって言われるけどね!てか、ガンリキでいいよ!みんなそう呼んでるし」
「ガンリキ・・・?」
「うん、岩本に力って書いてツトムだからガンリキ」
「わかりました、ガンリキさん」
葵ちゃんはニッコリと笑った。
・・・その日一日中、俺がニヤケ顔だったのは言うまでもない。

デコ強打事件をきっかけに、葵ちゃんと俺の距離は急速に縮まった。と思う。あだ名で呼んでくれるようになり、俺は名前で呼べるようになった。そして、他愛もない話を気軽にできるようになった。周りから見れば全然大したことじゃないかも知れないが、俺にとっては大きな前進で、お陰で毎日楽しい。
「で、葵ちゃんとはそれからどーなのよ?」
体育の授業のあと、教室に戻る途中でエビが唐突に訪ねてきた。
俺は内心良くぞ聞いてくれた!と思った。
「にへへー、聞け!めっちゃ仲良くなったぞ!前の3倍は話してる!」
だが俺の期待とは逆に、エビの反応は鈍かった。
「いや、そういうんじゃなくて・・・。なんか進展ねぇの?」
「進展?友達になれたぞ!この前プロレスの話になってさー、DVD貸してもらっちった!!意外じゃね?プロレス好きだとか!なんかこの頃格闘技に興味があるんだってさ!!」
話せば話すほどエビは呆れたような顔つきになっていき。
「バカじゃねーのお前。お友達になりたいのかよ!?遊べよ!つかメアドくらい聞いてんだろ?」
「ん、聞いてないぜ!つか遊ぶとか!まだちょっとハードル高いぜ!」
俺がそう言うと、エビは壮大にため息を吐いた。なんか、呆れられているようです。
「てめーやる気あんのかよ!?いいか?今日中に誘えよ?何が何でもだ!!」
エビは珍しく興奮気味だった。なんでこいつがこんなに熱くなってんだよ。

教室に戻るなり、俺はエビに押されるまま葵ちゃんにメアドを聞く羽目になった。
いや聞きたくないわけじゃない。聞けるもんなら聞きたい!けれど、その一言がどうしても言い出せずにいたのだ。学校で話すから、アドレスまで聞いたらウザがられないかとか色々考えてしまって、つい。
けど、いいきっかけだ。男を決めろ、ツトム!
「ああああの葵ちゃん!!」
のっけから盛大にどもってしまった。
「・・・はい?」
葵ちゃんはちょっとびっくりしている。
ひとまず落ち着こう。俺は深呼吸をした。
「えっとー、その。メアド聞いてもいいかな」
「めあど?」
意を決して言ってみたものの、葵ちゃんは怪訝な表情を浮かべている。やばい、やっぱ聞いちゃまずかったか?
「やっ、俺、クラスメイトの全員集めることにしてんだ!それで!よかったら教えて欲しいなーって」
葵ちゃんは小首をかしげ、ネコのような瞳でじっと俺を見ている。やばいやばい。完全に俺不審者認定されちゃったかも!
「ああっと、だ、ダメなら無理にとは言わないんだけどっ!!どっどっ」
俺はこの場から逃げたくなった。何てことを言い出してしまったんだ俺・・・。
するといきなり、エビが俺たちの間に割り込んできた。
「あのさぁ、携帯持ってるよね?こいつ葵ちゃんとメールしたいんだって。だから番号交換してやってくんない?」
すると、葵ちゃんはピンと来たのかぱっと明るい表情になった。
「あ、そういうことですか。いいですよ」
ま、まじか!メアドって何の略かわかんなかったのか!
放心する俺にエビが耳打ちしてくる。
(バッッッカ!何やってんだよ!)
(だだってなんか無理です!目を見るとあがってしまいます)
(こんな調子で大丈夫なのかよ・・・)

こうしてなんとかアドレスはゲットできたが、その日は結局メールを送ることが出来なかった。最初の一通に悩みに悩み、挙句エビに例文を送ってもらい、何とか完成までは持っていった。しかし送信ボタンを押す覚悟を決められず、あえなく寝オチという始末だ。
次の日から俺のあだ名は「ヘタレ」に変わった。


「・・・おい、何だよこの空気。ここは葬式場か?」
沈黙に耐えかねて、志田がそろりと口を開いた。だが、反応するものは誰もいない。
「・・・えぐっ」
何だかそれがまた切なくて、俺はつい嗚咽を漏らしてしまった。すると、志田が待っていたかのようにバシバシと背中を叩く。
「泣くな!!たかが失恋くらいで!他にいい女いくらでもいるっての!」
「・・・微妙にフォローになってないね」
呆れたように呟いたのは、陣内苑子。美貴の友達で、志田のお気に入りだ。
「う゛ぉおおん!!」

学校内には、ある噂が流れつつある。
それは、葵ちゃんと鴨川が付き合っているらしいというものだ。
確かに、2人はこの所よく一緒に登下校しているし、休み時間なんかも一緒にいる所が目撃されている。それでそんな噂が広まってしまったようだ。
勿論誰も真偽の程は知らないけれど、もう俺の戦意は完全に喪失しつつあった・・・。

「あたしは付き合ってないと思う」
いきなり、美貴が切り出した。苑子が驚いて反応をする。
「どしたの急に?」
「だって、全然そんな雰囲気しなくない?何かぎこちないし、付き合ってるっていうより寧ろ見張ってる、って感じ」
それに食いついたのは志田だ。
「まぁ、言われてみれば確かに・・・しかも唐突だしな。でも見張ってるってどゆこと?どっちがどっちを見張ってんの?」
「さぁ?あたしにはそういう風に見えたってだけだし」
言われてみれば、ってあんまり凝視したことはないが、確かに2人の間に流れる空気はどこか妙だった。
カップル同士の甘い雰囲気ってものが皆無なのだ。鴨川は相変わらずの仏頂面だし、葵ちゃんもなんか固いし、そもそもろくに言葉も交わしてもいないように見える。

「くだらんな」
不意に枝藤が言った。俺は驚いて思わず叫ぶ。
「なに!なにいきなり!!」
「所詮噂は噂だろ。んなもん気にして自ら進んで戦線離脱なんて、馬鹿馬鹿しい」
「ヒャッ!えとちゃんカコイイーー」志田が茶化す。
「だなぁ。つか、仮に付き合ってたとしても全然奪えるっしょ。んな微妙な雰囲気なら」
「ちょ!俺はエビじゃないよ!」
すると急に苑子が声を上げた。
「あー!あたしいいこと思いついちゃった!」
「な、なに!」
「葵ちゃんの友達も誘って、みんなで遊ぶの!ガンちゃん2人っきりでデートなんてまだ無理だろうから、みんなで!間接的にデートできるし、仲良くなれば噂のことも聞きやすくなるんじゃない?」
「エッ!」
「あ、勿論2人っきりがいいってんならそのほうがいいけど」
「む、ムリデス!」
「さっすが苑子タソ!それ採用!!」
すると志田はいきなり俺のケツポケットから携帯を奪い、なにやらいじり始めた。
「ちょ、何してんの!」
な、なんと。志田の奴、早速葵ちゃんにお誘いのメールを送りやがったのだ。

それから3日後の土曜日。
意外にもとんとん拍子に話は進み、強引な仲間達の手によって、親睦会(?)が開催されることになった。
待ち合わせ場所の駅には、既に俺ら陣営全員が揃っている。あとは葵ちゃん達の到着を待つばかりだ。
ドキドキしながら、じっとその時を待つ・・・。

「あ、こっちこっちー」
苑子が何かに気づいて手を振り出した。その視線の先を見てみると・・・き、来た!
葵ちゃんと、その友達の田辺ちゃんだ。
初めてみる私服の葵ちゃん。清楚な白いワンピースがめちゃくちゃ似合っている。・・・か、カワイイ~・・・。
と、見とれているのもつかの間、志田にバシッとケツを叩かれた。
「ほれガンリキ!」
「う・・・ぉ、おう・・・。きょ、今日は来てくれてありがとね」
「いえ、私の方こそ誘っていただいてありがとうございます」
「何だよかてーよ!!せっかく遊ぶんだしもっと気楽にいこーぜ!」
志田はまたもバシバシと俺のケツを叩く。
その場で軽く全員自己紹介しあい、俺たちは駅前のアミューズメント施設に向かうことにした。

さて。ここからが勝負だ。この日のために色々と画策してくれた仲間達のためにも、俺は何が何でも葵ちゃんともっと仲良くならなければならないのだ。鴨川のことは気になるが、今はとりあえず考えない事にする。

「ボーーーーリング対決ッ!!男女一組のチームで対戦、負けたチームにはきっつぅううい罰ゲーム付きだッ!はい女子はこのクジ引いてー」
志田は高らかに叫び、用意してきた紙のクジを女子の前に差し出した。俺ら男子は先に順番を決めてあるから、女子が引いた番号と同じ男子とペアになるという仕組みだ。
「え、え?男女一組!?」
聞いてないよと言わんばかりに慌てる田辺ちゃんとは対照的に、葵ちゃんは抵抗なくクジを引いた。
「1番・・・」
「あ、お、俺1番!」
苑子と美貴は、相手に新鮮味がないせいかやる気なさそうにしている。田辺ちゃんもおずおずとクジを引き。
1、俺、葵ちゃん
2、志田、苑子
3、枝藤、美貴
4、エビ、田辺ちゃん
という結果になった。
実はこのチーム分けは俺と葵ちゃんペアを含め、全部仕込み済みだ。この中でウハウハなのは、多分俺と志田くらいなもんだろう。

「投げるのは女子から!男子ちゃんとスペア取れよー?んで3投目きたらそれも女子が投げる!んじゃースタート!」
志田の掛け声とともに、ゲームが始まった。まずは1番目の俺たちからだ。
「えと、私から、ですよね?ボウリングするの初めてなんですけど・・・」
葵ちゃんはボールの持ち方もよくわからない様子だ。
「だいじょーぶ!てきとーに転がしとけばいいよ!俺割と得意だから何とかする!」
思えばここで、ちゃんと投げ方とかを教えておけばよかったのだが。
葵ちゃんは、「わかりました」と言うと。
なんと。ボールをレーンに置くと、そのまま両手で転がしたのだ!
ゴロゴロと超低速で転がっていくボールを、唖然とした様子で見つめる一同。が、ここで奇跡が起きた。
低速ながらもボールはまっすぐピンの中央を捉え、そのまま全てドミノ倒しのごとくじわじわとなぎ倒されてしまったのだ。一歩遅れて歓声が上がる。
「ちょ、ありえね!!すげぇ!!!」「え、ほんとに初めて?」
周りが湧き上がる中、葵ちゃんはちょっと嬉しそうに振り返った。この奇跡に一番驚いたのは、本人だったようだ。
「・・・えへへ、全部倒せちゃいました」
「すっげー!!すごいよ葵ちゃん!・・・よし!俺もやる!」
「頑張ってください」
(よ、よし・・・!)
俺は気合を入れてレーンに向かった。ボウリングは割と得意だ。まさか葵ちゃんがストライクを出すとは思わなかったけど、普通にやれば俺だってできる。落ち着け落ち着くんだツトム・・・!
ボールを持ち、じっとピンを見つめる。プレッシャーのせいか、やけに指がプルプル震えてくる。
こういうときこそ平常心だ!俺は覚悟を決めて一歩踏み出した。いつも通りに踏み切り、ボールを投げる!
と、右足が嫌な感じに滑った。
「お!?」
と思ったのもつかの間、体勢を立て直す間もなく俺の視界は反転し・・・
「ぎゃぷっ!」
な、なんと。俺は情けなくもケツからずっこけてしまったのだ。さらに転んだ拍子にボールは手を離れ、レーンの溝にはまり・・・。
「あ」
葵ちゃんが小さく呟いたのが聞こえた。
「出たーーー!初ガーターはなんと一番やっちゃいけないこの男!しかも大コケ付きとかダサイ!ダサすぎる!!」
志田がここぞとばかりに吼え、一同口々に「ダサッ」「ありえねぇ」だとか嘆き始める。
もうやだ帰りたい。
「す・・・すみましぇん・・・」
半べそで俺は席に戻った。
「だ、大丈夫です、次がありますよ。それよりお尻大丈夫ですか?」
こんなときでも俺のケツの心配をしてる葵ちゃんは天使だ。

いよいよゲームも終盤に突入した。
葵ちゃんのアレは驚く事にビギナーズラックではなかったようで、それからもあのスタイルでストライクを連発してくれた。俺もあれからヘマをすることもなく、幸いな事に俺らのチームが今のところトップである。
けれども、ぶっちぎりというわけじゃない。いやむしろほぼ横ばい、いつ誰に逆転されるともわからない。思えばしょっちゅうボウリングで遊んでいただけあって、俺ら陣営は全員うまかったのだ。今更ながら、ボウリングをセレクトしたことを少し後悔した。

俺の頭の中を、一抹の不安がよぎった。
それは、志田が最初に言った「きっつい罰ゲーム」というやつだ。事前の打ち合わせでもちらっと言っていたが、そもそも今日の会は俺をヨイショするためのものだから、俺には関係ないと思い内容までは聞かなかった。
けれども。冷静に考えれば、罰ゲーム向きのキャラなんて俺しかいないのだ。
どう考えても、志田は俺に罰ゲームをさせる気だ!
別に俺一人でやるなら何だっていいけど、今回はチーム・・・つまり葵ちゃんまでやらされることになる。妙なことを考えてるなら、なんとしても阻止しなければならない。
その時ちょうどよく志田が席を立ったので、俺は慌てて後を追った。

「っおい!罰ゲームって何!?何やらす気!?」
「ん?ナ・イ・ショ。まぁ楽しみにしとけ、メインゲストよ」
志田は自販機を操作しながら、下種な笑みを浮かべた。やっぱり標的は俺かよ。
「ゲストに罰ゲームやらすな!つかまじで何させんだよ?!俺はいいけど、葵ちゃんに変なことさしたら・・・」
「んー、あー実はちゃんと決めてねーんだよな。なんならガンリキ決める?グフフ」
「エ!」
「いいぜーなんでも?あー、でも一応公共の場なんでー、その辺はわきまえろよ。あとつまんねーのは却下。んじゃまかした!」
「え、ちょ!勝手に決めんなよぉお」
「さー早く戻らねーと苑子タソのキャラメルマキアートが冷めてまうー」
志田は2つの紙コップを持ち、そそくさと去っていった。

(ばば罰ゲームって何したらいいんだ!?)
急にとんでもない任務を課せられてしまった俺。まさか自分でやる罰ゲームを、自分で考える羽目になるとは。
・・・ん?待てよ。自分で決められるってことはむしろ好都合じゃないか。葵ちゃんがやっても大丈夫そうな、軽ーく無難な奴にすればいいんだ。
って既に罰ゲームをする前提で考えてしまっている自分がちょっと情けない。

「で、決めた?例のアレ」
ゲーム中、不意に志田が小声で耳打ちしてきた。
「おう!女子が男子の顔に落書き!どーだ、定番だろ!?」
・・・瞬間、志田は死んだ魚のような目になった。
「・・・。つまんね。女子意味ねぇし。やり直し」
「何で!!!!体張るじゃん!!!」
「そういうんじゃねーんだよ!ったく何のために男女ペアにしたと思ってんだよ!男子と女子がチョメチョメしなきゃ意味ねーーーだろっっ!!」
「ちょめ!!?」
隣のエビに聞こえたらしく、エビが首を突っ込んできた。
「なに?何の話?」
「罰ゲーム何にするかって話」
「キスとか?ベタだけど」
エビはさらっとそう言い放った。エビならいかにも考えそうなことだ。・・・というかこの場合、そういうのが期待される所なんだろうが。
「それぇ!ベタだけどそれ!!」その証拠に、志田も盛大に同意する。
「エーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
「俺パス。彼女いるし、つか美貴ブチ切れると思う」
枝藤にまで聞こえたらしい。同意見の俺はすかさず乗っかろうとしたが。
「勝ちゃいいんだよ!だがガンリキお前は駄目だ」
「な!」
志田に強引に押し切られる。しかもとどめにエビがとんでもない事を言いやがった。
「どうせならディープで」
「はぁ!!!??????」
「おっし野郎ども本気だせよ!?ガンリキにチューさせっぞ!!」
一致団結する3人。・・・な、なんで こんなことに・・・!?

「ま・・・じかよ・・・」
最終スコアを見て放心状態の俺。
ま さ か の 最 下 位。

おかしい。この会、俺のための会じゃなかったのか!?
罰ゲームが決まった途端、野郎どもは本当に本気を出しやがった。女子の残したピンはことごとく拾い、オールストライクで締める。こっちが引くくらい、罰ゲーム回避への執念が半端ない。
周りからキッスコールが起こり始め、葵ちゃんは怪訝そうな顔をした。
「いいいや無理でしょ!!!それはあかんやつでしょ!!」
俺の必死の抗議もむなしく、
「王様の命令はー?」「絶対ーー!!!」
何故か全員一致団結している。
「いつから王様ゲームなったんだよ!!つかほんとに無理です。キキキスとか!できるわけねっしょ!!頼むから別のにして!!」
「キス・・・?」
葵ちゃんがぽつりと呟いた。なんか申し訳なすぎて、俺は思わずジャンピング土下座をしてしまった。
「んだよー美味しいじゃねぇか。・・・エビどうする?」
志田が興ざめといった調子でエビに振った。するとエビは、
「ポッキーゲームで許してやるか」
懐からポッキーを取り出した。何で持ってんだよ。
「あんま変わってねぇ!!!」
次にエビは、何を思ったかポッキーをぼりぼりと食べ始めた。そして、ほとんど持ち手ばかりになったポッキーを差し出してきた。
「おい!チョコのとこだけ食ってんじゃねー!!」
「葵ちゃんポッキーゲームわかる?これをこっち側から食っていって、先に離したほうが負けね」
エビは突っ込む俺にかまわず淡々とゲームを進めようとする。もはやポッキーほぼ意味をなしてねぇ!
が、さらに衝撃的なのが、葵ちゃんが何の抵抗もなくそれを咥えたことだった。
「ちょ!まじですか!つかほとんどゼロ距離じゃん!」
なんかもう突っ込みが追いつかない。葵ちゃん、何故抵抗しないんだ!?
混乱のまま、俺もポッキーの片端を咥えさせられていた。エビが食ったせいでちょっと湿ってるが、そんな事を気にする余裕は全く無かった。
(お・・・お・・・!これ無理無理!近すぎるって!!!当たる!!漏れる!!)
「ぼりぼり・・・」
どういう訳か、葵ちゃんは全く躊躇することなく、食べ進めてきたのだ。それには流石の俺も耐えられなかった。
「ぶっはぁ!!!!!」

「はーーーいーーー!ガンリキあうと!!場内一周うさぎ跳びの刑!!!」
志田の宣言とともに、一同のブーイングが俺を襲う。けれども不思議と救われたような気がした。
好きな子とポッキーゲームなんて、世間的に見れば美味しいシチュエーションなんだろうが。
俺みたいにノミの心を持った人間にとっては、拷問でしかない!!
・・・けど、一つだけ気になる。葵ちゃん、もしかして俺と・・・?
と、うさぎ跳びでその場を離れようとした俺の背後から、ちょっとした会話が聞こえてきた。
「葵ちゃんすごい度胸あるね!もしかしてガンちゃんとチューしたかったとか?」
「いえ・・・ギリギリで放そうと思ってました」


それから。ゲーセンに移動して色々遊んだ。何したかあんまり覚えていない。
葵ちゃんは楽しそうだった。だが俺の心臓は、先の一件で完全に活動限界に達していたようで、もう真っ白に燃え尽きていた。
葵ちゃんの笑顔を見ながら召されるのも悪くないなぁ。「ガンリキさん?大丈夫ですか?」
はっとして意識を覚醒させる。ここは・・・カラオケか?枝藤がなんかよくわからんダークな歌を熱唱している。
隣を見ると、葵ちゃんが心配そうな顔でこちらを見ていた。
「へっ!?あっうんだいじょぶだよ!」
「さっきから一点を見つめたままぴくりとも動かないので・・・。もしかして、ボウリングで負けてしまったせいで・・・」
「いやっ!!負けたのはどうでもいいっ・・・て良くないけどまままぁなんでもないよ!ちょい疲れただけ!!」
「そうですか?」
「うんうん!葵ちゃんは?疲れてない?」
「大丈夫です。とっても楽しくて。こんな風に大勢で遊ぶのって、初めてですから」
葵ちゃんは穏やかに笑った。
「そーなんだ?良かった。いきなりこんなメンツで誘っちゃって迷惑じゃないかとか思ってたんだ」
「実は・・・最初は少し不安でした。でも皆さん面白いし、いい人達ばかりで・・・。ガンリキさんみたいに」
「エ!」
俺はどきりとした。俺、いい人?どうでもいい人・・・とかじゃないよな!?
「誘ってくださって、本当にありがとうございました」
「おっ、あ、いやいや!またいつでも遊ぼ!どうせ暇人ばっかだしさ!」
活動停止していたかと思われた心臓が、また息を吹き返してきた。すると、俺らの会話を耳ざとく聞いていたらしい志田が割り込んできた。
「あー?俺らお前が思ってるほど暇じゃねーよ?でも葵ちゃんとは遊ぶからー!」
「うんうん、いつでも声かけちゃっていいから」
他の奴らも便乗してくる。それからしばらく、他愛もない会話で談笑し・・・「おっし!いい感じに仲も深まったところで!みんなが気になるあの質問いくか?」
志田が、ついに爆弾を投下した。思わず体がビクリと跳ね上がる。
(や、やめろ・・・!)
目で訴えても空しく、志田は言葉を続ける。
「葵ちゃんと鴨川って付きあってんの??」(ッアァアぁーーーー)
俺は思わず膝に顔を埋めた。聞きたくない。もしイエスだったら、今度こそ俺は立ち直れそうにない。「付き合ってないです」
!?
がばっと顔を上げる。葵ちゃんはちょっと驚いたような表情だった。心なしか顔が赤いような気がしないでもないが、部屋の照明のせいでよくわからない。
「オラきたぁーーー!!!!やっぱな!!よかったなガンリキ!!!!」
志田に思いっきり肩を揺さぶられる。俺は感極まって立ち上がり、思いっきり天に向かって拳を突き上げた。
・・・しばらくして。
「あ、あの。そういう噂が広まってるんですか・・・?」
葵ちゃんがどこか落ちつかない調子で言った。それに苑子が答える。
「まぁ、ちょっとした話題にはなってるよね。なんかいきなりだったし」
葵ちゃんは何だか居心地が悪そうだった。なんか訳アリなんだろうか?
「ほんとよね。鴨川って女の子に興味なさそうだったのに。前から気になってたんだけど、2人ってどういう知り合い?」
美貴まで突っ込んできた。さらにそれがきっかけとなり、他の奴らも次々に質問を浴びせかける。俺が止めても誰も聞いちゃいない。
「え、えっと・・・」
葵ちゃんは皆に詰め寄られてかなり困っているようだ。
「まぁいいじゃんか、ほらお前ら散れ散れ!!」
やや強引に追い払うと、不満そうな声をあげながらも何とか皆は落ち着いてくれた。
「ごめんね?ほんっとこいつらデリカシーなくてさ。言いにくいなら言わなくていいから」
俺が言うと、葵ちゃんは何とも複雑な表情でうつむいている。
「すみません・・・。何と言ったらいいか、説明が難しくて・・・」
「あっ?!や、大丈夫だから!言わなくても・・・」
と、何気なく周りを見ると、俺以外の全員は興味津々といった顔をしていた。
また無駄にプレッシャー与えるような事を!と思わず再び強硬手段にでそうになってしまったが、葵ちゃんを見て思いとどまる。
どうも、何か必死に考えているような感じだ。ただ、どう言えばいいかわからないといった感じだろうか。
言いたくないわけではなさそう、むしろ一生懸命話そうとしてくれているのがわかる。
説明が難しい関係・・・!?一体何なんだ!?

「鴨川はボディガード、とか」
その妙なこう着状態をやぶったのは、またまた爆弾野郎だった。
「えっ!?」
葵ちゃんはびっくりしたような声を上げ枝藤を見た。
「美貴が言ってた。見張ってるような感じだと。友達でも恋人でもないのに常に近くにいなければならない理由といったらそれが妥当か、と」
「あんたさりげなくチクってんなよ!」
美貴がキレた。が、葵ちゃんは水を得た魚のように目を輝かせ、
「それに近いかもしれません」
「ええーーー!!!」
予想外の言葉に一同驚きの声を上げた。
「ななななんでっ!?なんか、危ない目にあってんの!?」
俺はもう混乱のあまり漏らしそうだった。なんか急展開すぎて頭が付いていけない。さらに葵ちゃんの表情が曇っちゃうから、ますます意味がわからない。
「えっと、その・・・」
「ボディガードねぇ。まぁ言われてみれば納得かもな。鴨川ってなんか修羅場くぐってそうな感じだし」
エビがなるほどといった顔で頷いた。たかだか16,7歳の高校生に一体どんな修羅場があるというんだ!?
それより、俺は葵ちゃんの身の安全のほうが心配でしょうがない。わざわざボディガードを雇わなきゃならないなんて、相当危険じゃねぇか!
「だ、大丈夫なのっ!?今もどっかでスナイパーが狙ってるとかないのっ!!?」
俺は思わずそこらじゅうをキョロキョロしながらわめいた。閉鎖されたカラオケルームの中だけど、どこで誰が見てるかわからない。
志田の「んなわけあるかっ!」という突っ込みも右から左だ。
「だ、大丈夫です・・・今は・・・」
「そ、そうなんだ。でもなんか心配だな・・・」
「すみません、ご心配をおかけしてしまって。でも大丈夫です。私も自分の身を守るくらいはできますから」
「え!そうなの!?」
「はい、まだ色々と勉強中ですけど」
葵ちゃんは少しはにかみながら言った。
俺らを心配させまいとしてなのかはわからないけれど、葵ちゃんの表情や仕草にはそれ程深刻さは感じられない。
それを感じてか仲間達は再び冗談を飛ばし始め、一旦引き締まった空気が、また元の和気藹々としたものに戻っていく。
俺も一応それに乗じてはいるのだが、どこかモヤモヤは晴れなかった。
葵ちゃんがそんな目にあってるなんて、知らなかった。
一体何に狙われているんだろう。鴨川は役に立ってるのか。
・・・本当に葵ちゃんは大丈夫なんだろうか。
聞きたい事がありすぎるけれど、今の俺にはまだそこまで踏み込む勇気はない・・・。

「まぁ、よかったじゃん?心配するような仲じゃなかったみたいだし」
ふと美貴が言った。それが俺に向けられていたものだと気づくのに数秒かかった。
「どしたの?ボケッとしちゃって」
「はっ!?え!?あぁ」
やばい。意識がどこかに行ってた。
「心配?」
葵ちゃんが不思議そうな顔をする。すると志田が待ってましたとばかりに俺を引き寄せ、
「こいつがさー、すげー心配してたんだよ!葵ちゃんと鴨川が付き合ってんじゃないかってさ!もうビービー泣いちゃって」
「わわわっ!!バカ言うな!!」
俺は慌てて志田の口を塞いだ。
「そうそう、葵ちゃんって好きな人いるの?そうだ好きな人暴露大会しよ!!」
「な!!!」
いきなり、苑子はとんでもない事を言い出した。
「はいじゃー志田から時計回りに!ゴー!」
「俺は、苑子たん!」
「いない!」
「・・・なし」
「花恩」
「今はいないかなぁ」
「な、ない」
「いません」
テーブルを挟んで、時計回りに志田、苑子、美貴、枝藤、エビ、田辺ちゃん、葵ちゃん、俺の順で座っている。
唐突に始まった暴露大会だが、答えたのは志田と、彼女もちの枝藤だけだ。俺たちにとっちゃ周知の事実だし、ぜんっぜん暴露になってねぇじゃねーか!なんだこのくそつまんねー大会は!
「誰もいねーのかよ!!!!」
「俺いるし!!つかガンリキ!早く言えよ!」
志田にせかされてはっとする。そ、そういえば俺だけまだ言ってなかった。
全員の視線が俺に集中している。もちろん、葵ちゃんも俺をじっと見ている。
今、葵ちゃん「いません」って言ったよな。よかった、まだ好きな人いないんだ。
でも・・・この状況で言えるわけがない!!
「あっ!エッ!」
どもる俺にヤジやら声援やらが飛ぶ。
「オラ!はよせんかい!」「頑張って!」「言っちまえよ!」

ま、まさかこのタイミングで告白させられるのかよ!?親睦会のつもりで来たのにいきなり順序飛ばしすぎだって!
いないって言ってしまいたいところだが、ここでそう言うのは空気的に駄目だ。俺の中のエンターテインメント精神が良しとしない。
でも!言ったら絶対葵ちゃん困っちゃうだろ!それにこれから毎日学校で顔合わせるって言うのに!

「あ、あアアアおおおおォオ」
その時。
『プルルルルル』
部屋の電話機が鳴った!助かった!とばかりに飛びつく。
『あと10分でお時間でーす』
「は、はい!どーも!!おらオマエラ出るぞ!!」

こうして俺の順番は退出のどさくさにまぎれて流れた。いや無理やり流した。
これでよかったのだ。

カラオケから出ると、外は既に日が落ちていた。
軽く何か食べて帰ろうという流れになり、俺らは駅ビルのファミレスに向かう事にした。
途中で苑子と志田を呼び出し、悪ノリはするなと釘を刺す。2人とも俺が消極的だからとブーブー言っていたが、まだ告白するつもりはないことを言うとしぶしぶ承諾してくれた。
それからは特にはやし立てられることもなく、騒がしいながらも楽しい時間が過ぎていく。

いつのまにか女達4人はすっかり打ち解けたようで、隣のテーブルで固まって話し込んでいた。楽しそうにしている葵ちゃんを見ながら思う。葵ちゃんの好きな人に、いつか俺がなれればいいなぁ・・・。
何気なく会話に耳を傾けてみると、どうも話題は好きな男のタイプについてらしい。いわゆるガールズトークというやつか。今の俺の心中を読んだかのような内容だ。

「うーんやっぱイケメンかな!芸能人で言ったらジョニーズ系とか。あ、でもヒョロヒョロは駄目。生口君みたく細マッチョじゃなきゃね」
「うわっしず代ちゃんめっちゃ理想高っ」
「ジョニだったらあの人良くない?山中」
「えーないない!筋肉なすぎ!男は筋肉なきゃ」

なんか好き放題言ってるな。

「葵ちゃんは?どういう人がタイプ?」

俺の耳は一瞬釘付けになった。葵ちゃんのタイプ・・・!?思わずちょっと鼻息が荒くなる。
「え?タイプ・・・?考えた事もないわ・・・」
「またまたー。なんかあるでしょ?こういう人に惹かれるとかさぁ」
「それが葵ちゃんって全然男の子に興味ないっぽいんだよね。あ、でも・・・鴨川君のことは気になってたっぽいけど」
「し、しず代ちゃん!」

!?

そのとき、ちらっと苑子と目が合ってしまった。苑子はしまった、といった顔をしている。

「ぜ、全然違うの!別に気になったわけじゃ」
そう言って否定する葵ちゃんは見るからに焦っていた。顔が赤いのも、この店の照明だとはっきりわかる。
これって、図星、ってやつでは・・・?
「ま、まぁでも鴨川って顔はいいしね。興味なくたって見ちゃうでしょ」
美貴が謎のフォローを入れているが、田辺ちゃんの興奮は収まりきらない。
「えー、でも・・・」
その後も女子達は騒いでいたが、あとはよく聞こえなかった。俺の耳が本能的に会話をシャットアウトしていたのだ。気づけば周りの男達も、何かいたたまれないような顔をして俺を見ている。

「・・・ま、まぁ。気にすんなよ?好きな人いないっつってたし?」
「いや、志田。これ以上気休めはよせ」
・・・!!!
「んー・・・枝藤の言うとおりだな。最初から何となく思ってたけどさ。ありゃホレちゃってるわ」
・・・!!!!

思わず頬を涙が伝った。俺の本気の恋は、わずか2週間たらずで終わってしまったのだ。
さようなら、俺の恋。

「おい!勝手に終わらせんなよ!」
エビが叫んだ。
女子達が一斉にこちらを見る。いやそれだけでなく、周りの客も見ている。
けれど俺は、さめざめと流れる涙を止めることが出来ない。
エビはわざとらしく咳払いすると、椅子ごと俺のほうに体を向けた。
向かい側の志田と枝藤も俺を囲うように大げさにテーブルに肘をつき出し、
「バカ、んな所で泣くな」
「ふ、ふぇぇ」
野郎どもが密集したお陰で、俺の泣きっ面は周りから見えなくなる。見えないと思うと堪えていた涙が溢れてきて、男の壁の中で俺はひとしきり泣いた。

「むしろここからが始まりじゃねえの?好きな人がいる子を落とす。燃えるじゃねーか」
少し涙も収まってきた所で、エビがにやりと笑った。
無理。
俺にそんなガッツはない。
第一あったらこんなことにはなってねぇ。
「腑抜けが」
彼女もちのお前に俺の気持ちがわかるか!
「あー、お前も仲間か?俺も苑子に相手にされてねぇし?辛いよなぁ。でも俺も振り向かせようと頑張ってんだぜ?お前も諦めんなよ」
・・・。
なんとなく、志田と一緒にはされたくない。

でも。
仲間達の俺を気遣う気持ちだけは素直に嬉しい。
お前等がいてよかった。
お前等がいなかったら、ここでまた立ち上がる気になんて絶対ならなかっただろうな。
俺は服の袖で涙を拭い、紙ナプキンで思いっきり鼻をかんだ。

「うっ、まだ諦めねぇ・・・!当たって砕けてやる・・・!!!」
「砕ける気かよ!」
志田がすかさず突っ込む。こいつの突っ込みの速さは一級品だ。やっぱこれがなくちゃ始まらない。
「そうだな!このまま何もせず諦めたって後悔すんだろ。だったら思い切って告れ」
エビ。何気にいつも冷静なこいつにはだいぶ助けられてる。俺のいい相棒だ。
「骨は拾ってやる」
枝藤。なに考えてるかわからんときもあるけど、多分一番考えてる奴かも知れない。何気に付き合い長いからな。

なんだろ。
こんな展開になって、ここで改めて仲間の大切さに気づかされる事になるなんて、思いもしてなかった。
恋より友情!とか言ったら盛大に笑われそうだけど、どちらか選べって言われたら俺は友情を取る!
でも、とりあえず今はもうちょっと、この恋を育ててみようと思う。
芽が出るかこのまま腐るかはわからないけど、腐った時はお前らの胸で泣かせてくれ。

あとがき→

これほかの人が読んで情景とか伝わるのかな!?ここまで読んでくださって本当にありがとうございました。
この後ハチャメチャ展開があって、結果彼は失恋しますwwww
その部分も含めたこの話の大元の話があるんだけど、挫折してるから割愛・・・wwwwww
後日譚

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